雑誌から

洪安と『辺城』の背後の町

三省の角の川沿いの町。秀山が沈従文の中篇のモデルだと主張する場所と、小説そのもの。

同じ街をめぐる · 秀山トゥチャ族ミャオ族自治県 ↗

省を替えた町

洪安は秀山の県城から47キロ、重慶、湖南、貴州が接する点にある。その点には建物がある。三省鶏鳴亭だ。町は国境の地のありふれた仕方で持ち主を替えた。もとは貴州の村で、貴州塘と呼ばれた。1946年に秀山へ移され、そのころ両省はこの線に沿って集落を交換していた。目の前の川が、境界をここに走らせた理由である。秀山はミャオ族の地の縁、武陵山の中部にあり、洪安は川沿いの町に必要な通り、渡し場、石段を保っている。三省のどの道から来ても、最後はこの石段に着く。

辺城
辺城

十一回の連載

『辺城』は沈従文の中篇で、1934年1月1日から天津の週刊誌『国聞周報』に連載された。四回でいったん止まり、3月12日に再開し、4月23日に終わる。全部で十一回。物語は湖南と四川の境の川沿いの町、茶峒を舞台に、老いた渡し守の孫娘翠翠が、祖父と黄色い犬と暮らす姿を描く。兄弟の天保と儺送がともに彼女を愛する。天保は溺れ、儺送は桃源へ去り、祖父は雷雨の夜に死に、翠翠は待つ。沈従文は、美しく健康で自然で、人の性に背かない生の形を表したかったと語った。

どちらの町か

文学上の問いは単純で、閉じることはできない。小説は湖南側の茶峒を名指す。秀山は重慶側の洪安がモデルだといい、「証明された」ではなく「伝えられる」と添える。二つの町は同じ川の同じ区間にあり、渡し場、通り、亭は共有された地理である。小説が定めたのは地図の座標ではなく、音の組だった。舟を打つ水、岸の犬、川の向こうへ呼ぶ少女の声。その空気を借りる町は、もともと持っていたものを借りている。物語のなかで本に書かれた場所に正確にあるのは、境界だけである。

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  1. 辺城lienyuan lee / CC BY 3.0 · CC BY 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗