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秀山の風雨橋:中に立てる渡し場

秀山の山里の風雨橋。1,341ミリの雨のために建てられ、川に持っていかれては架け直される。

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なぜ屋根か

県の年降水量は1,341.1ミリ、年平均気温は16度。屋根のない橋は一年の多くのあいだ使えない。屋根付き橋はその答えだ。瓦屋根の下の木の床、両側の壁には光のための開口、壁に沿って固定された腰掛け。渡ることは天気を避けて立つことにもなる。トゥチャ族とミャオ族の地はこの型を風雨橋と呼ぶ。名ではなく描写である。森林率49.2パーセント、木材が普通の建材である県では、屋根は安く、壁はもっと安い。だからこの橋は、民家と同じ材料と、同じ大工の手から出ている。

柱、梁、釘なし

この種の橋は壁ではなく骨組みである。石の橋脚が柱を受け、柱が梁を受け、梁が屋根を受ける。継ぎ手は部材どうしが支え合うように刻まれ、留めが要る場所には木の楔が入る。屋根は重く、その重さが骨組みを据える。だから屋根付き橋は、見た目の細さより安定している。水が床下に入るまでは。敵は洪水である。橋脚を越えて川が増水すれば、橋全体を持ち上げて流せる。この地ではそれが何度も起きたので、架け直すことも職人の技のうちである。その判断は、何度も水に教わって身についた。

二つの岸のあいだの部屋

市の日には橋が部屋になる。荷が腰掛けに置かれ、売り手が床に布を広げ、水音が板の下から上がってくる。秀山の技はそうした集まりのためにある。花燈は二つの形で最初の国の無形文化遺産の一覧に入り、県の民歌は二番目の一覧に入った。県はさらに古い到着の記録も保つ。この地の古生代前期の化石層からは二種の魚が出た。秀山魚とトゥチャ魚で、後者はトゥチャ族にちなむ。橋はそれに比べれば短命なものだ。だから一枚の橋より型のほうが大事なのである。型は、人の入れ替わりを越えて残る。

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