大足は重慶市街の西、褶曲した丘陵のあいだにある。市街から八十キロ、成都から二百五十六キロ。2011年十月に大足県と旧双橋区が一つに統合され、直轄市の区となった。名のほうが区の制度より古い。宋代の地理志は、県の内側を流れる川の名をとったと記している。人をここへ連れてくるのは石である。区内の山の斜面には五か所の摩崖造像群が分布し、そのうちもっとも重いのは北東の宝頂山と、町の北の北山である。
大足の近くの宝頂の谷。一人の僧の七十年が、半キロの露天の岩を、歩いて過ぎるための像で埋めた。
大足の町の北の唐宋の崖。公表された番号表が、小さな凹みの壁を読める順序に変える。
大足の町の南の小さな山。十五の番号に真武、三清、龍、そして一通の碑が坐る。
大足の南西の低い丘。十の番号龕が1082年から1096年の一つの事業のうちに三つの伝統を収めた。
宝頂山の崖。宋元の像が半キロの露天の岩壁を埋める。
大足の町の北にある唐宋の崖。公表された番号で一龕ずつ読む。
大足の町の南二キロ、道教の山頂。五龕と1250年の碑。
大足の南西の低い丘。十の番号龕に三教が同居する。