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酉陽桃花源:一つの文から名を得た村

南の桃花源、それが借りた寓話、そして実在の場所が虚構から名を得るという正直な問題。

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漁師と隠れ村

陶淵明は東晋、317年から420年のあいだに、一人の漁師の話を書いた。漁師は小川に沿って桃の林を抜け、人一人がやっと通れる岩の開口を見つけ、田畑、池、桑、そして戦乱を逃れて漢を知らぬまま暮らす村へ出る。彼は滞在し、もてなされ、家へ帰る。人を連れて戻ろうとすると、道は失われていた。文章は短く、何世紀にもわたって善き政治とその不在の姿として読まれてきた。境界の物語でもある。岩の開口は扉で、その向こうは楽園というより、放っておかれた普通の場所である。

いま何が立つか

酉陽の桃花源は県の北の角にある国家5A級の景区で、県の中心そのものが桃花源街道に置かれている。寓話は見どころであると同時に住所でもある。景区はこうした場所がすることをする。桃の林、岩の開口、谷へ入る小道、トゥチャ族の家並みの村、そして文章が求める田と水。桃花源は中国に一つではなく、文章があまりに名高いために名乗る場所がいくつもある。酉陽は認められたものの一つだ。だからここは複製であり原作でもある。記述に合わせて整えられた風景が、その記述をもともと成り立たせる県のなかにある。

正直な問題

気まずい事実は、実在の村が虚構であることを求められている点だ。県はトゥチャ族83.54パーセント、ミャオ族8.93パーセント、2020年の国勢調査で607,338人。その文化は寓話のものではない。擺手舞はここで大擺手と小擺手に分かれ、単擺、双擺、回旋擺の足を持つ。2008年に国の無形文化遺産に加わった。文から名を得た村は、季節ごとに決めなければならない。人が暮らす場所なのか、詩を上演する場所なのか。最もよい答えは風景が出す。桃の木、小川、使われている田、そして今も一人分の幅しかない岩の開口である。

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