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太白岩:萬州の短い一覧の名

区が文化の層の最も深い地の一つに挙げる岩。開港し、のちに旧市街の47パーセントが水没した港町にある。

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重みのある短い一覧

萬州の観光の一覧は短く、しかし重みがある。萬州大瀑布、潭獐峡、鉄峰山と王二堡の森林公園、塩井龍洞と幾つかの古鎮が載り、太白岩は天生城、都櫪山とともに文化の層の深い地とされる。この言葉は高さではなく深さの主張で、ある場所が書かれてきたと区が言いたいときに使う名の中に、この岩を置くに足る。区には太白という街道があり、岩は住所でもある。一覧は短いが、名は重い。太白岩は、萬州が自分の歴史を語るときに必ず出てくる名の一つである。市街の一覧と岩の名は、同じ町の二つの顔を指している。

移った町

岩のある町は一度ならず移った。萬州は1902年に開港し、1917年には税関が置かれ、1928年に市となった。1937年に国民政府が重慶へ移ると、戦略物資の集積地、四川第三の都市となり、市街人口は17万5000人に達した。そして貯水池が来た。旧市街地の47パーセントが水没して移転を強いられ、26万3000人が移された。重慶で最も重い任務だった。長江は今も区内を82.6キロメートル流れ、最初から最後まで名を保った岩のそばを通る。岩は動かなかった。動いたのは、その周りの町の方である。

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