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涪陵の東端――焦石鎮と十六の単位

涪陵の東の極を持つ鎮を、区の境界記述と、その下の単位から読む。

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区の境はどこで終わるか

涪陵区は東西に74.5キロ、南北に70.8キロ、北緯29度21分から30度01分、東経106度56分から107度43分の間にあり、地形は低い山と浅い丘からなる。区の記録は境界線を引かず、四つの極でそれを書く。最も東は焦石鎮の白鶏堡、最も西は増福鎮の大茶園、最も南は同楽鎮の金家店、最も北は珍渓鎮の紅牆院。四点を結べば区の境は明らかになる。紙の上の境界は範囲だが、土地の上では必ずどこかの鎮、どこかの村の、ある地名に落ちる。これほど大きな区の一角を持つ郷鎮は、残りを測るのに適した立ち位置になる。区の記録も、東の境をここから書き始める。

二つの社区と十四の村

焦石は涪陵区の下にある郷鎮級の行政単位である。その管轄の一覧には十六の名前が並ぶ。中心と悦来の二つの社区、そして新井、楠木、永豊、板栗、瓦窯、大渓、光華、向陽、東泉、龍石、官坪、壇中、龍井、白鹿の十四の村。一覧は整っているが、乾いている。区の記録は、これらの村に何が建ち、どれほど広く、誰が住むかを書かない。書くのは単位そのものである。区はこうして鎮よりも細かく書かれる。社区と村の名前だけがあって、それ以上はない。名前の外側については、位置と建制だけが残る。郷鎮の記録は、この細かさで終わる。

まず川に支えられた区

歴史の大半において、涪陵を支えたのは長江の舟だった。この地形では陸の道が遅すぎたからだ。鉄道がこの一帯に入るのは二十一世紀になってからで、最初は2005年の渝懐鉄道、次いで2013年12月、渝利鉄道が韓家沱長江大橋を渡って通った。川が先、道が後、鉄道が最後である。長江は今も東西に区を貫き、烏江は南北に走る。焦石はその下流、東の端、区の記録が涪陵の終わりを告げるその点にある。さらに東は豊都の地である。だから記録が焦石について書くのは、境界であって船着き場ではない。

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