洪崖門は1371年の明の城壁の十七の門のひとつで、常に閉じられていた八つの門のひとつでもあった。嘉陵江の側、崖が水まで落ちる所に開いていた。舟から見上げると、門は崖の途中に口を開けている。門の上の自然の洞窟には滝があり、その景色は「洪崖滴翠」の名で巴渝十二景に数えられた。この場所は巴の時代から清の末まで砦として使われたと考えられている。いま人が歩いているのは、あの門そのものではなく、門が押さえていた土地である。門の内側の斜面も、外側の岸も、同じ一つの場所だった。
雑誌から
崖の上の十一階
明の城壁の門と巴渝十二景の滝が、嘉陵江の岸に建つ高床の店舗になった。
同じ街をめぐる · 渝中区 ↗門、洞、滝
高床の家
古い街の川辺の家は吊脚楼といった。木の床を、斜面に差し込んだ数本の柱で支える形で、後漢より前までさかのぼる。1940年代、水運が人を呼び、人々は洪崖の岸にこのような家を建て、1949年まで住んだ。船運が衰えると、家は壊れるにまかされた。世紀の終わりには、この形は市街からほとんど消え、磁器口と中山にだけ残っていた。新しい建物群は、それを取り戻そうとして建てられた。木の柱を斜面に差し込み、床を川の上に張り出す形を、もう一度岸に戻すためである。いまも崖の下では、その形を見ることができる。
2006年に建てられたもの
1999年8月、区は吊脚楼の形で建てる伝統的な民俗の街区を作ることを決め、この計画は2005年の市の八つの民生事業に入った。重慶小天鹅集団が建て、2006年9月29日に開いた。十一階、5万3千平方メートルの店舗、内部に四つの通り、崖と滝はその場に残された。建物は崖に沿って積み上げられ、川から見上げると層になって見える。夜になると輪郭が金色に照らされる。2016年からは短い動画が夜景を運び、2018年のメーデーの休みには8万人が来た。想定の収容力は5千人から8千人だった。
