雑誌から

梁平の竹、糸のように割る

区の三絶の一つ、竹簾。そして区の名が記録する平地。

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三絶の第一

梁平の三絶は竹簾、年画、灯戯で、その第一は厳密にいえば竹の仕事である。竹簾は第一陣の国家級無形文化遺産の拡張リストに載った。仕事は一本の竹から始まる。割り、また割り、ひごが一枚の簾に織れるほど細くなるまで続ける。だから簾は巻いて運び、門の内側に掛けることができる。区には竹山という名の鎮まである。一つの仕事が町に名を与え、区の三絶の一席を占めるということは、その土地が自分を語る言葉を決めるほど長くそこにあったということだ。竹から簾へ、材料から道具へ。その変換の手つきが、この土地の仕事の原型になっている。

平地を記録する名

この県は553年、西魏の元欽二年に梁山県として置かれ、鎮の南東の高梁山から名を取った。970年、北宋の開宝三年には梁山軍が置かれてこれを治めた。1952年、名が山東省の梁山県と重なったため、高梁山の麓の平らな土地にちなんで梁平と改めた。だからこの名は地面の説明である。重慶北東の1892平方キロメートル、尾根に挟まれた平地。四川盆地の東側には、平行する尾根と谷が連なっている。名を変えても、平らな土地は同じ場所にあった。梁平という二文字は、そのことを今に伝えている。

一覧の残りの品

竹はもっと長い一覧の中の一つにすぎない。梁平の木版年画は第一陣の国家級無形文化遺産のリストに載り、梁山灯戯も同じリストにある。癩子の太鼓も第一陣、担ぎ手の作業歌は第二陣に入った。区は自ら国際湿地都市と名乗り、梁平のブンタンは広西の沙田柚、福建の文旦と並んで中国三大名柚に数えられる。気候はモンスーンの影響を受ける湿潤亜熱帯で、冬は短く穏やか、夏は長く暑い。一月の平均は5.7度、年間の雨の約71パーセントが五月から九月に降る。一覧を並べると、この区が何を誇り、何を毎年の暮らしとしてきたかが見えてくる。

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