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万霊――2013年に名を変えた鎮と、758年に始まる県

万霊の記録で唯一日付のある出来事、その下の四つの単位、そして今も二つの街道に名を残す唐の県治。

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2013年の改名

万霊は重慶の西部、栄昌区の下にある郷鎮級の行政単位である。区の記録がこの鎮について与える、日付のある唯一の事実は、その名である。2013年9月24日、重慶市人民政府は路孔鎮を万霊鎮に改めることを認めた。鎮の下には四つの単位がある。大栄寨社区、そして沙堡、尚書、玉鼎の三つの村。四つの単位は小さな郷鎮であり、改名という行政の行為は、地図と郵便の上の名を変えるが、足の下の土地、川、田は元の場所にある。四つの単位は、小さな郷鎮の全体である。新旧二つの名が、同じ土地を指している。

旧昌州の州治

この鎮が属する県は唐に始まる。乾元二年、758年の正月、昌州が置かれ、昌元、静南、大足の三県を管し、昌元を州治とした。栄昌一帯の県史はここから始まる。州治が一つの県に置かれて、県の建制はようやく始まりを得た。二つの名は今も残る。昌元と昌州は、この区の六つの街道に並んでいる。栄昌県そのものはもう少し若い。洪武六年十二月に巴県から分けられ、翌年に昌寧県が併合された。唐の州は三つの県からなり、その真ん中に昌元があった。州と県の名が、いまも街道の名として残る。

四つの単位、一つの鎮

鎮のまわりのこの区は、何度も整えられた継ぎ接ぎである。1941年11月、四川省政府は県と県のあいだに生じた飛地と插花地を整理し、柏楊湾、五家橋のような場所を隆昌から栄昌へ移し、栄昌の北西の角は逆に移した。1951年、1952年、1953年の調整が同じ境界をさらに削った。残ったのは十五の鎮と六つの街道である。栄隆、仁義、盤龍、呉家、直升、万霊、清升、清江、古昌、河包、観勝、銅鼓、清流、遠覚、龍集。万霊はこの一覧の六番目の鎮である。境界は幾度か変わったが、鎮の名は一覧に残った。

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