武清は天津の北西部にあり、西と北は河北の廊坊、北西は北京の通州区に接する。古くは泉州、雍奴、雍陽と呼ばれ、その建置は前漢にまで遡る。武清という名は武功廓清の意にとられ、唐の天宝元年に定められてから今日まで使われている。北運河と永定河が区域内を流れ、古くから漕運の必経の地だった。2020年の国勢調査では1,151,313人で、五つの遠郊区のうち人口が最も多い。
大運河の186キロ、それが生んだ町々、そして今その水を制御する堰。
明代に県城を移した県と、やがて区を治めることになった埠頭の村。
通州から天津までの186キロ。武清、北辰、河北、紅橋を通る。
明代に県城が移った県。運河の埠頭村が今は区の中心。