楊柳青は青い柳を意味し、西青区の北西部、京杭大運河の北岸にある市場町で、区政府の所在地でもある。宋と遼の国境にあった流口という集落から起こり、1214年に流口鎮とされた。現在の名は元の末か明の初めに定まり、商業の町として千年以上の歴史を持つ。運河の水運の中枢にあったため、清の時代には十六の街と七十二の巷に区画され、その繁栄が同時に三つのものを生んだ。木版年画、商人の邸宅、そして品物を西へ運んだ「趕大営」の商売文化である。
十六の街と七十二の巷を持つ運河の町が、華北の半ばに新年の絵を供給するまで。