河西は市街地の南部、41.24平方キロを占め、名は海河の西岸にある位置に由来する。市政府、天津の業務地区、友誼路の金融街、文化中心、梅江地区がすべて区内にあり、近代都市の行政と商業の中心となっている。十四の街道、144の居民委員会、736の自然小区を抱え、2020年の国勢調査では82万2174人、うち28パーセントが六十歳以上であった。1956年までは第六区と呼ばれ、1966年から1968年は紅旗区、2010年には市政府の所在地となった。
1895年の租界は1901年に広げられ、1917年に回収され、1976年の地震で大半が失われた。
1920年以降に数千人の白系ロシア難民が住み着いた場所と、2000年に開いた商店街。
90万平方メートルの敷地に、図書館、博物館、美術館、劇場、商業施設が並ぶ。
1991年に完成した塔と、その足もとの湖、そして資料が記すことと記さないこと。
旧ドイツ租界の街区。ドイツ風の建物が並び、1917年に中国が接収した。
1920年代の白系ロシアの街区。外国人がロシア人の街と呼び、今は市の主な中心の一つ。
90万平方メートルの公共施設群。図書館、博物館、美術館、大劇院が並ぶ。
1991年に完成した塔。当時アジア一、世界三位の高さだった。