宝坻は天津の北部、資料のいう北京、天津、唐山の三角の地理的な中心にあり、潮白新河が区全体を貫いて流れる。古くは渠陽、盈州と呼ばれ、県になったのは金の大定12年、1172年になってからである。香河県から15,000戸を移し、新倉鎮に治所を置いた。名は塩についての一語である。塩は国の宝であるから宝坻と名づけたのであり、その語は都の典籍を貯えるようにこれを蓄える意をとる。2020年の国勢調査では722,367人。
県より先にあった塩の役所、国の宝を意味する名、そして15,000戸の移住。
1555年に人の手でつながれ、新しい河道へ導かれ、2021年まで細って流れていた458キロの川。
1172年に塩の実りから置かれた県。京津唐の三角の中心にある。
密雲で潮河と白河が合わさり、河北を経て天津へ流れる458キロの川。