雑誌から

山西側から見た壺口瀑布

山西と陝西の境の黄河の滝を吉県から見る。川が壺の口に絞られること、増水期の様子、岸を結ぶ橋。

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一つの滝、二つの省

滝は一つの省の中にない。壺口は黄河が晋陝峡谷を流れるところにあり、両岸は別の行政区に属する。東岸は臨汾の吉県、呂梁山脈の南端の火焰山の下、県城の南西およそ二十五キロ。西岸は陝西省延安の宜川県、黄龍山の下である。山西側に立てば、向かいの岸は別の省で、あいだの水が境である。吉県からの道は高原を横切り、その先で地面が峡谷へ落ちる。

水はどう絞られるか

滝の上では川は広い。中国語の記述では幅五百メートル余りあり、それが両岸によって急に狭められる。壺口という名は、その絞りから来る。壺の口、流れのすべてが通らねばならない首である。滝そのものは幅三十メートル、深さおよそ五十メートル、最大の滝面は三万平方米、落差は五十メートルとされる。英語の記述は測り方が違う。川が二十から三十メートルに絞られたところで、水は高さ十五メートル、幅二十メートルの段を落ち、滝全体はふつう幅三十メートルだという。どちらでも、広い川が水路に押しこまれ、落とされることに変わりはない。

増水のとき

滝は季節で変わる。ふつうの年には幅およそ三十メートル、増水期には五十メートルに広がり、高さは二十メートル余りとされる。ここは測られるだけでなく保護もされている。黄河壺口瀑布国家地質公園は 2006 年 9 月 5 日に開園し、滝をめぐる景区は 100 平方キロメートル、北は馬糞灘から南は小船窩まで、西は峡谷、東は人祖山におよぶ。滝は標高 448.1 メートル、北緯 36 度 8 分、東経 110 度 26 分にある。

橋と来訪者

滝の下流で七郎窩大橋が川を渡り、山西と陝西をつなぐ。二つの省が橋の上で出会う点である。滝は国の姿でもあった。1991 年に全国の「四十佳」景勝地に選ばれ、古い第四套の五十元札に滝の図が刷られた。来訪者の数は変化を記録する。1994 年に二万人、1995 年に四万七千人、1996 年に十万人。その数字はもう三十年前のもので、この地はその後さらに育ったが、遠い峡谷が目的地になった瞬間を示している。

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