二度と見つからなかった桃源郷
西暦421年、陶淵明は桃の花を通り過ぎて隠れた村を見つけた漁師について書いたが、その村は二度と見つからなかった。これはその物語と、それを名乗る常徳の谷、そして物語が残した成句の話である。
常徳市は湖南の北西部を占め、沅江と澧水が一山から流れ下り、洞庭湖の西の縁へ注ぐ地方にある。古代は武陵と呼ばれ、2,200年以上前に秦(始皇帝の統一時代)の城壁集落として始まり、12世紀以来今の名を持つ。その位置は、四川と貴州へ向かう喉元であり、雲南と貴州への玄関口でもあった。山から運ばれた貨物はここで川船から湖船へ積み替えられ、20世紀初めには常徳は長沙に次ぐ湖南第2の都市になっていた。1943年の常徳会戦で入侵した日本軍が化学兵器を使ったことは、この市の傷である。今はたばこが最大の産業で、川岸には詩を刻んだ壁が伸び、桃源県には桃花源を名乗る谷が残る。
西暦421年、陶淵明は桃の花を通り過ぎて隠れた村を見つけた漁師について書いたが、その村は二度と見つからなかった。これはその物語と、それを名乗る常徳の谷、そして物語が残した成句の話である。