運河の前、水は不足し、行き場もなかった 前ゴルロス灌漑区の2026年報告は、二つの問題を同時に挙げている。7本の主要排水路では、蓮花泡で3,000ヘクタールを超える冠水地を排水しきれなかった。一方、前乾公路の北側では8,000ヘクタール超が使われず、塩害土壌は灌漑区の33%を占めていたという。同報告は、塩害地が1955年には20,790ヘクタール、1985年には2,733ヘクタールだったと記す。地域の変化を水へのアクセスと開墾に結びつけているが、これらの数字は運河だけを唯一の原因として切り分けたものではない。

8年をかけ、川から湖へ水路を切り開く 工事は1976年9月に始まり、1984年に終わった。吉林省の2025年事業報告によると、全長53.85キロの運河は約8メートルの自然落差を利用し、ポンプ場を設けていない。水路の断面は、底部の幅が約50メートル、上部が約80メートルとされる。

同じ技術報告は、地元作業員約8万人が参加し、1,226万立方メートルの土工を手作業で行ったとする。設計の姿が数字から浮かび上がる。平原に幅広い水路を掘り、小さな自然勾配を使って松花江からチャガン湖へ水を送った。

2026年の記念記事は、事業を選定したチームの一人として県幹部のFu Haikuanを挙げ、現場から現場へ移るときもシャベルを携えていたと伝える。地元の人々は彼を「鉄のシャベル書記」と呼んだ。

導水は田畑と湖の双方へ 前ゴルロス灌漑区の2026年報告によると、同区の灌漑網は稲作地45万ムーを受益範囲とし、そのうち27万ムーは引松事業から直接恩恵を受ける。またチャガン湖と新廟泡へ、毎秒15〜20立方メートルの水を段階的に補給し、生態環境の回復につなげているという。これらは、農地への配水と湖の補給を結ぶ管理網の利用実績として報告された内容だ。同報告には、50本超の水路を対象とする内張り工事(総延長115キロ超)、施設200か所超の改築、デジタル水位監視の導入計画も記されている。いずれも計画段階で、完了した工事ではない。同じ記念記事で稲作農家の一人は、松花江の水が届く前は1ムー当たり300〜400斤、後には1,500〜1,600斤を収穫したと比較している。これは一人の農家が語った比較で、灌漑区全体の平均ではない。