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八十六キロのスイッチバック

阿里山鉄道は檜を運ぶために敷かれた。いまは平地から山のリゾートへ、雲と森を抜けて人を運ぶ。

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木材のための鉄道

日本統治時代の政府は1900年、阿里山の山へ鉄道を敷く測量を始め、檜と台湾杉の森を利用しようとした。最初の請負は大阪の会社で、嘉義から梨園寮まで線路を敷いたが、資金と技術の難に行き詰まり、1908年に工事を放棄した。政府は1910年に引き継ぎ、より大型の機関車を導入して路線を押し上げた。本線は1913年に阿里山へ達した。伐採は何十年も続き、鉄道は木材、労働者、物資を沿線の製材所や集落へ運んだ。

阿里山の積込みホームの檜材
阿里山の木材の積込みホームに積まれた、切り倒した檜の木。

列車はどう山を登るか

路線は全長86キロ、軌間はわずか762ミリで、島の幹線の半分にも満たない。短い距離で標高を稼ぐため、線路が自らの上を巡る螺旋と、列車が向きを変えて登り続けるスイッチバックを使う。トンネルは五十余り、木橋は七十七、勾配は6.26パーセントに達する。植生は熱帯の低地から温帯の檜林へ、さらに高山の低木帯へと変わる。嘉義から阿里山までは約四時間、途中で気温が十五度下がることもある。

ホームで待つ蒸気機関車
阿里山森林鉄道のホームで待つ蒸気機関車。

不通と日の出

台風と地滑りが、この路線を何度も閉ざしてきた。本線は2009年の台風モーラコットの後に一部が不通となり、2014年に奮起湖まで、2017年に十字路まで戻り、新しいトンネルの完成を経て2024年7月に阿里山まで全線が復旧した。山の上では神木と沼平へ短い支線が走り、早朝の列車が祝山へ登って玉山連峰の日の出を待つ。この鉄道は文化部により世界遺産の候補として登録され、伐採鉄道が旅客線として今も働く数少ない例の一つである。

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写真の出典と権利情報
  1. 阿里山の木材の積込みホームに積まれた、切り倒した檜の木。CEphoto, Uwe Aranas / CC BY-SA 3.0 · CC BY-SA 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  2. 阿里山森林鉄道のホームで待つ蒸気機関車。CEphoto, Uwe Aranas / CC BY-SA 3.0 · CC BY-SA 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗