雑誌から
名より先の手
蒙頂では春、手で摘む。なぜ手なのかを説明するほど急な段々の上で。名はあとから、工房でついてくる。
文 IFreeing編集部読了約2分蒙頂山 · 雅安
同じ街をめぐる · 雅安 ↗
日が昇る前の濡れた葉
日が尾根を越える前、葉は濡れている。濡れが最初の難題だ。葉の上の水は籠のなかで傷をつけ、強く握れば跡が残り、その跡はあとで釜の上に出る。採茶人は腰に籠を下げて段々を上り、芽を親指と人差し指で挟み、引かずに折る。斜面は急で、体はまっすぐにならない。茶園の下の谷はまだ影のなかで、段々は細い帯になって一つずつ目で追えるほど下へ降りる。霧は谷に溜まり、朝の暖かさとともに上がってくる。人はあまり話さない。聞こえるのは茎の折れる音と、濡れた石を踏む足音だ。
一つの芽と、一つの斜面
蒙頂は中国でもっとも早く記録された産茶地の一つで、ここで作られる蒙頂甘露は今も春の早い芽を摘む。茶には機械があるが、この地面にはない。段々は狭く、茶株は不揃いで、基準は量ではなく一定の大きさの芽だ。茶株は芝生ではなく、一本ごとに年齢も形も違い、機械は芽と一緒に葉を持ち去ってしまう。採茶人の手が寸法だ。よい採茶人は鍋を見る料理人のように茶株を読み、見ることと触れることで判断する。最上級とそれ以外の差は、この高さで、指によって、正午前に変わる天気のなかで決まる。
最初の釜
午前も半ばになると葉は工房に入り、匂いは青から栗に近いものへ移る。加工は萎凋、殺青、揉捻、乾燥と進むが、順序も手の運びも作る茶によって変わる。甘露とこの山の黄茶は、同じ葉を同じようには扱わない。萎凋は手触りで判断する。葉からどれだけ水が抜けたかが、釜で何ができるかを決める。部屋は暖かく、窓は小さい。釜は手を止められないほど熱い。誰かが素手で葉を返し、振りほどき、また返す。最初の加熱が、朝の摘みが形を保てるかを決め、そのあとに何をしても戻せない。
名と、一日
山には碑があり、寺があり、旧い皇茶園の跡がある。最高峰の七株の茶の物語は、そのどれでも語られる。その物語は名についてのものだ。仕事は一日についてだ。籠、斜面、釜、等級。どちらも真だが、同じ真ではない。石段はかつての茶馬古道で、いまも茶の畝のあいだを上り、迂回しない。午後にそれを歩く人は、段々と小屋と濡れた石を見て、茶の名を先に聞き、どう摘むかをあとで聞くかもしれない。採茶人は明日また斜面に戻る。名が語らないのはその部分だ。
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