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旧城の裏の山

千仏山は済南の南郊にせり上がる泰山の低い支脈で、名は造像が刻まれた崖に由来する。

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斜面に刻まれた数千の造像

この山は標高285メートルで泰山の北の支脈にあたり、済南の南郊に立つ。面積は164.88ヘクタール。呼び名には歴山、舜山もある。伝説では舜がこの山の下で耕したといい、舜を祭る廟がかつてここに立ったためで、舜耕山という名はその物語に由来する。ふつうに使われる名称は後から生まれた。隋の開皇年間、581年から600年にかけて、仏教が盛んになり、人びとは斜面に沿って岩に数千の小さな像を刻んだ。数から名が出た。千仏山という名は山上の造像を指す。麓の寺は唐の貞観年間、627年から649年にかけて重修され、興国禅寺と改称された。済南三大名勝の一つで、国家4A級観光区である。

一条の川と、四つの小峰

登る理由は北の景色にある。千仏山から済南の市街を横切ると、黄河と、平原に散らばる低い峰群が見える。華不注山(華山とも)、鵲山、匡山、標山である。これらは黄河とともに、古い土地の景色を「一線長河、九点斉煙」と呼んだ。一線長河は黄河を、九点斉煙はこれらの峰を指す。斜面にはその語を刻んだ牌坊が立つ。山の上には文昌閣、舜祠、一覧亭、禅寺がある。麓には1911年辛亥革命の烈士記念碑が立つ。人を威圧する山ではなく、平坦な町に自分がいる場所を示す稜線である。済南の旧城は、この山と湖とのあいだに育った。

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