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海岸の側の山

浜州はひと続きの斜面で、北の半分は平坦である。貝殻堤、葦原、塩田。碣石山は府域の山名リストにある唯一の名前である。

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背後に山、手前に海

浜州の地形はひとつしかない。地面は南西から北東へ落ち、その境目を一本の川が引いている。小清河より南では、鄒平南部の長白山系が標高826.8メートルの摩訶頂で終え、府域の最高点となる。その下の緩い沖積地は8メートルから800メートルへ上がっていく。河より北は黄河の沖積層で、標高1メートルから20メートルと平らだが水準ではない。川が一再に河道を変え、堤を破ったため、堤防、窪地、塩丘が交互に現れる。碣石山は府域の47カ所の国指定3A級観光区のひとつで、醴泉寺観光区と同じグループに並ぶ。市内には9カ所の4A級区と、計68カ所の格付け観光名所がある。

貝殻堤、葦と塩水

海岸は次に理解すべきものである。浜州の岸線は126.44キロメートル、干潟と葦湿地が170,000ヘクタール、水深5メートル未満の浅海が200,000ヘクタール、製塩に適した土地が96,000ヘクタールある。岩塩と天然塩水は、府域で探明された三十二種の鉱物のうちに入る。もっとも珍しいのは貝殻堤と湿地の自然保護区だ。世界で最も保存完全な貝殻堤とされ、新旧の貝殻堤が隣り合う唯一の場所でもある。沼地の内側には魏氏荘園が立つ。中国に現存する最大の清代城郭式住宅で、楊家塩業遺跡群と並ぶ府域の五つの全国重点文物のひとつである。

塩のために州治を移した土地

この土地の名前は海と塩を覚えている。渤海県は688年、蒲台県と厭次県から土地を引いて置かれ、『太平寰宇記』のとおり、渤海の岸に立つことに名づけられた。746年、州治は西へ移された。土地に塩が多く含んでいたためで、官庁は移るしかなかった。956年、後周が渤海県と蒲台県の一部を組んで浜州を置き、州城の名は蒲台のままで、1956年3月に県が廃止されるまで続いた。旧名の蒲台は、今も市内の一つの街道名として残っている。沿岸の名前はまた変わる。1914年、海豊県は無棣県に改称された。

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