工事は1986年3月15日に始まり、索道は1987年10月24日に開いた。全長1166メートル、渝中区新華路の標高267メートルの北駅から、龍門浩の真武山の下、標高225メートルの南駅まで。索の最も低い所は水面から215メートル。ゴンドラは運転手を含めて81人乗りで、窓辺に立つと両岸の建物が後ろへ下がっていく。最高速度は秒速10メートル、渡るのに三分、一日の輸送力は3万人。荷重を支える索四本は西ドイツから輸入し、残りは中国で設計し製造した。投資額は1450万元。
雑誌から
長江の上の三分間
1987年のロープウェイは通勤のために作られ、いまは綱で川を渡った街の記念になっている。
同じ街をめぐる · 渝中区 ↗空の線
なぜ必要だったのか
これは重慶で二本目の渡河索道で、中国で最初の大型旅客索道でもあった。二重の荷重索、二重の牽引、単径間の往復式で、二つのゴンドラが向かい合って行き交う。橋が架かる前、川を渡るのは渡し船で、人も荷も岸で待たされた。霧や増水で船が出ないこともあった。索道は、水辺で待つ時間を数分に縮めた。もう一本は嘉陵江を渡り、1983年に蒼白路と金沙街の間に開いた。橋が架かると客は減り、ゴンドラは観光客のものになった。嘉陵江の索道は2011年3月1日に止まり、2013年12月末に解体された。
その後の姿
長江の一本は残った。2009年12月15日に市の指定建造物になり、2018年2月6日には国家4A級景区とされた。渡る区間の長江は、三峡ダムの貯水池の水位が上下する背水の範囲に入る。背水は江津の紅花磧から涪陵まで及ぶ。その価値は両岸の景色とともに変わった。龍門浩から下流の南岸は南浜路になり、25キロの帯が治水、市道、旧市街の再開発、飲食店をひとつにまとめた。北駅は解放碑から歩いて数分。交通のために作られたものが、いまは三分間の展望台として働き、足元215メートルに水が広がり、両岸が一望できる。

