峡谷があるのは、二枚のプレートが押し合っているからだ。台湾はフィリピン海プレートとユーラシアプレートの衝突で生まれ、中央山脈はいまも年に数ミリずつ隆起している。大理石はもとは古い海底の石灰岩で、埋もれて熱と圧力を受け、変成岩になったのち、持ち上げられて地表に現れた。高山から太平洋へ下る立霧渓は、隆起する岩を下へと刻んでいった。大理石は硬いが、川には数百万年と亜熱帯の激しい雨があった。こうして、全体が大理石を貫いてできた世界でも数少ない峡谷が生まれた。
雑誌から
大理石を貫く峡谷
立霧渓は台湾東部で大理石を刻み、峡谷を穿った。太魯閣は国家公園であり、タロコ族の故地であり、しばしば補修される道路でもある。
同じ街をめぐる · 花蓮 ↗変成岩のなかの峡谷
タロコ族とその名
太魯閣の名は、数世紀前に西から立霧渓の谷へ移り、海岸へと広がっていったタロコ族に由来する。日本統治時代の1914年、政府は彼らに対して軍事作戦を行い、峡谷へ道路を通した。それが現在の中部横貫公路の祖先である。タロコ族は2004年に先住民族として正式に認定された。国家公園の区域にはいまも集落があり、公園は土地利用や解説を彼らとともに進めている。この名は風景の説明ではなく、その土地を知る人々の名である。
回復の途上にある公園
2024年4月3日の地震により、太魯閣の道路や歩道の通行状況は変わった。復旧工事の進行に伴い、ルートごとの状況も変化する。訪問前に公園管理処の最新の道路・歩道情報を確認したい。

