雑誌から
崖に刻まれた仏
楽山大仏は71メートルの赤い砂岩。九十年かけて刻まれ、それを守る溝は自分の螺髪のなかに掘られている。
文 IFreeing編集部読了約2分楽山大仏 · 楽山
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楽山大仏 [1]
九十年かけて刻む
僧の海通がこの仕事を始めたのは713年、船がたびたび失われる三つの川の合流点だった。最初の工期は彼の死で止まる。740年代に地元の長官が工事を再開し、803年、別の長官が像を完成させた。着工から完成まで、九十年。できあがったのは高さ71メートルの弥勒の坐像で、1051の螺髪、幅10メートルの頭、28メートルの肩幅を持つ。崖に寄せて積んだのではなく、岩そのものから掘り出している。岩は材料であり、同時に構造でもある。
像そのものが排水路
岩は軟らかい赤い砂岩で、水が最大の敵だった。工人は螺髪の第4層、第9層、第18層に溝を刻み、衣のひだに沿って別の水路を続けた。耳と肩の後ろには空気の穴をあけ、岩のなかの湿気に逃げ道をつくった。像はかつて木の楼閣に覆われ、四百年ほどをそこで過ごしたが、宋と元のあいだに失われた。以来、仏は外に立ち、排水の溝は作り替えるのではなく、手を入れられながら残っている。雨は上から来る。髪を伝い、肩を伝い、衣の裾へ抜けていく。溝はほとんど見えない。この像の設計の巧みさは、そうした見えない部分にある。
水の上から見る
崖の道から見ると、大仏は細部の壁だ。船から見ると、それは比率になる。崖に沿った頭、膝に置かれた手、足もとを流れていく川。岷江、大渡河、青衣江がここで出会い、その流れこそがこの像の存在理由である。街の背後には峨眉山が立ち、別の種類の聖なる山水をつくっている。二つは同じ世界遺産に属するが、必要とする日数も、見方も違う。細部を数える場所と、全体を見渡す場所。同じ像が、立つ位置によって別のものになる。
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