保護対象の建築群には、龍泉、香巌、大安、祖越、中会の仏教寺院と、道教の無量観が含まれる。寺の創建の物語と、目に見える建物の年代は、異なる歴史だ。現存建築の多くは、明(1368~1644年)と清(1636~1912年)の時代に再建・拡張された。
龍泉寺の大雄宝殿は、仏教の主要な礼拝堂であり、歴史上の仏陀である釈迦、薬師如来、阿弥陀如来をともに祀る。法王殿には毘盧遮那仏の像がある。同じ寺の中で、尊像が二つの堂に異なる信仰の中心を与える。礼拝は、それぞれ本尊を持つ空間の連なりの中で行われる。
雑誌から
千山の寺院は、すべて同じ宗教に属するわけではない。尊像、創建をめぐる関係、音楽の曲目から、山を共有する異なる組織が見えてくる。
同じ街をめぐる · 鞍山 ↗保護対象の建築群には、龍泉、香巌、大安、祖越、中会の仏教寺院と、道教の無量観が含まれる。寺の創建の物語と、目に見える建物の年代は、異なる歴史だ。現存建築の多くは、明(1368~1644年)と清(1636~1912年)の時代に再建・拡張された。
龍泉寺の大雄宝殿は、仏教の主要な礼拝堂であり、歴史上の仏陀である釈迦、薬師如来、阿弥陀如来をともに祀る。法王殿には毘盧遮那仏の像がある。同じ寺の中で、尊像が二つの堂に異なる信仰の中心を与える。礼拝は、それぞれ本尊を持つ空間の連なりの中で行われる。
無量観は、師と弟子の歴史に属する。道教文化センターは、17世紀後半の創建を、全真教龍門派の郭守真の弟子リウ・タイリン(Liu Tailin)にたどる。郭はリウとワン・タイシアン(Wang Taixiang)を、本渓の鉄刹山から、千山の羅漢洞で修行するために派遣した。師弟が二つの山の間で系譜を運んだのである。
省の建築調書によれば、羅漢洞や高所のほかの建物は、かつて仏教の祖越寺に関わり、後に道教の用に供された。無量観は、すでに宗教建築のあった土地に発展し、清代の相次ぐ修理と増築で広がった。
無量観の名のある堂に入ると、違いが読み取れる。老君殿には三清が祀られ、三官殿は天・地・水の三官に捧げられている。玉皇閣は大きな岩の上にある。山の目印と神の権威の座が、ひとつの建物で出合う。
千山の国家級無形文化遺産の記録は、仏教と道教の寺院音楽を区別する。仏教には声による読誦と、笙や管という楽器に名を由来する笙管の合奏がある。解説は、北方の曲目と、1920年代に僧侶が中国東北部へ伝えた南方の曲目をたどる。道教音楽には、独自の「東北新韻」の伝統がある。
その歴史によって、録音や演奏は建物の雰囲気を添えるだけのものではなくなる。旋律、声の出し方、儀礼の順序は、人を通して伝わらなければならない。屋根を修理するだけでは、かつてその下に響いた音は守れない。同じ山にあるからといって、曲目を入れ替えられるわけでもない。宗教の場と機会が重要だ。
僧侶の移動に伴って、曲目も旅をした。北方の旋律は土地の特徴を帯び、新たに来た南方の形式は、同じ地域の寺院網へ入った。教えることと宗教者の移動が、古い屋根の下で歌われるものを変え続けた。