赤柱の地域史と戦時の記憶
赤柱の制度史には、1859年の警察署、軍病院となった学校、第二次世界大戦中の民間人収容所が刻まれている。
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赤柱の制度史には、1859年の警察署、軍病院となった学校、第二次世界大戦中の民間人収容所が刻まれている。
香港仔の避風塘には今も漁船、作業船、造船所があり、船の修理と海の労働が現在の景観を形づくる。
1981年創業のラウ・キー艇仔麺は、アバディーンの船上で干しカレイのだしを使った麺を提供する。漁港の文化は現在の案内体験でも語り継がれている。
香港仔海濱長廊は海旁道に沿って東へ延び、卸売魚市場の隣で公共の海辺と港の日常を結ぶ。
香港仔港では漁船、造船所、市場、ツアーが避風塘を共有し、今も海の仕事が続いている。
赤柱には海辺の商店街だけでなく、香港最古の現存警察署建築や、戦時に病院と抑留施設となった学校もある。
1899年完成の黃泥涌貯水池は、大潭貯水池群を補う水源だった。香港の給水網が複数施設で成り立っていたことを示す。
張愛玲の小説『傾城之戀』では、実在するレパルスベイ・ホテルが物語の舞台となる。変化してきた沿岸の建物とあわせ、海岸を読む二つのつながった視点を開く。