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赤柱の地域史と戦時の記憶

赤柱の制度史には、1859年の警察署、軍病院となった学校、第二次世界大戦中の民間人収容所が刻まれている。

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1859年築の警察署

旧赤柱警察署は1859年に建てられ、香港に現存する最古の警察署建築とされる。戦後は本来の役割に戻り、1974年まで警察署として使われた。長く続いた警察機関の存在は、日常の行政と治安の面から赤柱の歴史を支えている。地区のよく知られた海辺の風景だけではない、もう一つの歴史がここにある。

戦争によって変わった学校

聖士提反書院は1903年に創立され、1928年に赤柱へ移転した。1941年の日本軍侵攻時、校舎は軍病院として使われ、香港降伏後は1945年まで連合国側民間人の収容所となった。学校にとって戦争は、学びの場を緊急医療の場へ、さらに民間人が拘束される場所へと変えた。

追悼の礼拝堂

戦後の礼拝堂は1950年に献堂され、赤柱で命を落とした人々、苦難を経験した人々に捧げられた。記念窓は収容所の記憶を伝え、書院では今も毎年11月に追悼礼拝が行われる。礼拝堂は困難な制度の歴史を追悼の場へとつなぐ。校舎とともに、赤柱の戦時風景を現在に伝えている。

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