安順地戯では、彫刻された面を演者の顔の上、額に着ける。頭を包む布と、上に掲げられた彩色の顔が、広い演技空間でも読み取れる姿をつくる。演者の身体や声とともに面が動き、ほかの演者に応える。彩色された顔、足運び、歌で運ばれる物語が重なって役柄が現れる。
雑誌から
仮面の上に現れる顔
安順の地戯では、彫刻面、歌で語られる軍記、村の芸能組が、屯堡集落に結び付く伝統を形づくる。
同じ街をめぐる · 安順 ↗
高く掲げられた顔
芸能組は土地に根付く
国家級無形文化遺産の記録は、地戯を明初に屯堡集落を築いた軍事移住者と結び付けている。村の芸能組は、銅鑼や太鼓に合わせた歌と型のある動きで将軍や戦いの物語を伝える。英雄は親しまれた物語に登場するが、上演を支えるのは地域の人々だ。役を覚え、道具を保ち、ともに演じる。村は舞台の背景だけでなく、芸能の一部である。
村の芸能組を支える人々
遺産記録によると、芸能組はおよそ20~30人で、神頭と呼ばれるまとめ役がいる。歌い手の声にほかの演者が応え、銅鑼一つと太鼓一つが動きを刻む。演目には楊家将、岳飛、三国志などがあり、衣装や武器、面で人物を見分ける。旧正月や稲の花が咲く旧暦7月が伝統的な上演時期とされる。農作業の暦が、脚本とともに芸能の時間を形づくってきた。
生きた上演のいくつもの場
安順市の記録には、2025年の春節に村、都市の公共空間、天龍屯堡の来訪者向け施設で行われた公演が記される。異なる場にはそれぞれ違う観客がいる。祭り、村の行事、来訪者向けの公演が同じ形である必要はない。明代の移住とのつながりを保ちながらも、現在の屯堡の人々を歴史の外に閉じ込めずに語ることができる。人々が公演を整えるたび、地戯は新たに演じられる。

