許昌市.
許昌市の紹介は、河南省の中原の中心に置き、鄭州から80キロメートル、近代的な国際空港から50キロメートル、八本の高速道路がここに交わるとする。名の由来は公元221年、曹丕が父の言葉を引用して県名を改めたことに始まる。「漢は許で滅び、魏は許で興る」――東漢の献帝を曹操が迎え移し、ここに25年拠ったのがその源流だ。同じ資料は、大きくなった地名も辿っている。陽狄。夏王朝の王が政治を行った地。後に鈞州と改称され、1575年には禹州となった。いま街に残っているのは廃墟ではなく、仍在运转する舞台の数々だ。毎夜剣の打ち合いを演じる丞相府、遊園会のために灯される楼、そして泥を手で挽き続ける窯鎮。