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鄭家大屋――二つの伝統が交わる中庭

思想家・鄭観応の生家は1869年以前に建てられた大邸宅で、青灰色のれんが造りの中庭と連続する中国式の屋根が特徴です。

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マカオの鄭家大屋の外観と脇を通る路地。
マカオの鄭家大屋の外観と脇を通る路地。

旧市街に建つ一族の邸宅

鄭家大屋は、鄭観応の父で思想家・実業家でもあった鄭文瑞が計画し、1869年より前に鄭一族の邸宅として建てられました。敷地は約4,000平方メートル、街路に沿って120メートル以上に広がります。

独立した門屋をくぐると、使用人の住居、外庭、主屋へと長く空間が続きます。二つの中庭式住居は細い水路で隔てられ、主広間は二階に置かれています。それぞれの境目を越えるたび、大きな家の奥へと進んでいきます。

鄭家大屋の軒下にある木枠の開口部。
鄭家大屋の軒下にある木枠の開口部。
鄭家大屋の中庭と井戸。
鄭家大屋の中庭と井戸。
鄭家大屋の中庭に開いた天窓を見上げる。
鄭家大屋の中庭に開いた天窓を見上げる。
丸い門の向こうに鄭家大屋の中庭が見える。
丸い門の向こうに鄭家大屋の中庭が見える。
マカオの鄭家大屋の外観と脇を通る路地。
マカオの鄭家大屋の外観と脇を通る路地。

中庭がつなぐ邸宅

中庭が大邸宅に奥行きを与えています。約4,000平方メートルの敷地は街路に沿って120メートル以上続き、独立した門屋から使用人の住居と外庭を通り、二つの中庭式住居からなる主屋へと至ります。

もう一つの門が、家の仕事場と主要な部屋を分けています。二つの中庭の間には細い水路があり、主広間は二階に置かれています。一階に接客用の広間を設ける一般的な造りとは異なる配置です。空間の連なりが家族の暮らしを案内し、境目を越えるごとに邸宅の姿が少しずつ見えてきます。

暮らしの場から後世の評価へ

鄭観応は父の鄭文瑞が築いた一族の邸宅で育ちました。後に思想家として知られるようになったことで、この家は近代中国の思想史と結びつきます。一方、部屋と中庭は大きな家族の住まいの規模を今に伝えています。

奥まった門、彫刻を施した漆喰、格子窓が、通りから私室へ移る境目を示します。中庭の連なりと二階の広間からは、奥深い屋敷の中で家族が人の出入りや応接をどのように整えていたかがうかがえます。

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写真の出典と権利情報
  1. Niels Elgaard Larsen - User: (WT-shared) Elgaard at wts wikivoyage / CC BY-SA 4.0 · CC BY-SA 4.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  2. 鄭家大屋の軒下にある木枠の開口部。lienyuan lee / CC BY 3.0 · CC BY 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  3. 鄭家大屋の中庭と井戸。lienyuan lee / CC BY 3.0 · CC BY 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  4. 鄭家大屋の中庭に開いた天窓を見上げる。lienyuan lee / CC BY 3.0 · CC BY 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  5. 丸い門の向こうに鄭家大屋の中庭が見える。lienyuan lee / CC BY 3.0 · CC BY 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  6. マカオの鄭家大屋の外観と脇を通る路地。lienyuan lee / CC BY 3.0 · CC BY 3.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗