趙州橋 道を開いたまま架かるアーチ
李春の石橋は隋の代から洨河に架かる。浅いアーチは二十八本の湾曲した肋に支えられ、両肩には洪水を逃がす小アーチが穿たれている。今日も渡ることができ、その補修、1930年代の再発見、世界遺産暫定リストへの記載が物語の一部をなす。
趙県の安済橋は、一般に趙州橋と呼ばれ、洨河に単一の弓形石アーチで架かる。年代は隋の605年、設計者は李春とされる。工夫は肩にある。アーチと橋面の間を石積みで埋めず、両側に四つの小アーチを開けて重量を減らし、洪水を通した。中国の世界遺産暫定リストに載るが、登録物件ではない。
李春の石橋は隋の代から洨河に架かる。浅いアーチは二十八本の湾曲した肋に支えられ、両肩には洪水を逃がす小アーチが穿たれている。今日も渡ることができ、その補修、1930年代の再発見、世界遺産暫定リストへの記載が物語の一部をなす。