慶陽は甘粛省東部にあり、陇東とも呼ばれます。中南部は黄土高原と深い谷、北部は丘陵と谷の地形です。市の地理資料によると、董志塬は約960平方キロメートル、平均標高1421メートルです。2025年の保護条例は、西峰市街を中心とし、慶城・合水・寧県の一部を含む黄土台地として範囲を定めています。条例は台地面、谷頭、斜面、谷底で水土流失を抑える措置を示し、農耕文化や地域の手仕事も保護対象に挙げています。
雑誌から
慶陽の香袋刺繍:黄土台地に受け継がれる針仕事
董志塬の広い黄土台地では、小さな祭日の香袋に多彩な刺繍の伝統が宿ります。国家級無形文化遺産の記録が、その形と針法を伝えています。
同じ街をめぐる · 慶陽市 ↗谷に囲まれた広い台地
南佐遺跡と初期農耕
南佐遺跡は、陇東の初期農耕社会を伝える考古資料です。考古学者の陳国科は主要な年代を約5200~4600年前とし、集落を囲む三重の濠を記録しています。中心部には版築の台が九基あり、F1建物の室内面積は約630平方メートルでした。大量の炭化米のほか、陶器、石器、骨器も出土しています。陳は規模と配置から、南佐を高い階層の中心集落と解釈しました。董志塬保護条例も、台地内の重要文化財として南佐を挙げています。
多彩な針法でつくる祭日の香袋
慶陽の香袋刺繍は2006年、中国の第一回国家級無形文化遺産リストに登録されました。記録によると、地元では「綴綴」とも呼ばれ、端午節に身に着ける、口を絞れる布袋です。納紗は立体的な形をつくり、盤金は色糸を巻いて五角のちまき形を仕上げ、平繍は複数の針法を組み合わせます。立体作品は約400種にのぼり、多くの刺繍技法が記録されています。起源の年代は定まっておらず、岐伯の薬袋にまつわる話は地域の伝承として紹介されています。2025年の条例も、慶陽香袋刺繍を継承すべき伝統に挙げています。

