雑誌から
李の家の毛皮
1869年、フランスの博物学者が宝興の農家で白黒の毛皮を見た。その動物はジャイアントパンダになった。
文 IFreeing編集部読了約2分鄧池溝 · 雅安
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鄧池溝 [1]
壁にかかった毛皮
アルマン・ダヴィドが鄧池溝に着いたのは1869年。李という姓の家で、彼は白黒の毛皮を見て、未知の種ではないかと考えた。土地の人々はすでにこの動物を知っていた。ダヴィドの役割は、標本をパリへ送り、記載と命名につなげたことにある。ジャイアントパンダは写真ではなく、一枚の毛皮と一通の手紙によって西洋の科学に入った。壁にかかっていた毛皮と、そこから書かれた手紙。谷はこの出会いを、小さな教会と、発見を伝える施設と、何度も語られてきた物語で覚えている。
動物園ではなく、谷
鄧池溝は四川盆地と高原の移行帯にある。斜面は林で、水は速く、村は小さい。谷は深く、道は水に沿って入っていく。古いカトリックの教会が残り、この発見がより大きな宣教と科学のネットワークの一部だったことを伝えている。パンダだけがここの動物ではない。この谷は、邛崍山と岷山のあいだで個体群をつなぐ回廊の一部だ。
県より大きな公園
宝興の陸地の81.7パーセント、約2545平方キロメートルがジャイアントパンダ国家公園の内側にある。県の面積の大半が、ひとつの公園のなかにあるということだ。県の記録では高等植物1837種、動物1083種。緑尾虹雉もそのひとつで、ここでは飼育下での繁殖が行われてきた。公園はひとつの種を囲う柵ではない。キンシコウや珙桐なども暮らす生息地を、まとめて守っている。観光はいま、その保護の一部を支えている。入ることと守ることのあいだの緊張も、この谷の物語の一部だ。
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