銅馬は甘粛省博物館の「甘粛シルクロード文明」展示室に置かれている。頭を上げ、三本の脚を宙に浮かせ、残る後脚で小鳥を踏む姿が、前へ駆ける動きを生み出す。重心は一点に集まり、像に軽やかさを与える。一般には「馬踏飛燕」と呼ばれるが、博物館の解説は蹄の下の動物を鳥と記す。この像は1969年、武威・雷台の漢墓から出土し、のちに中国観光のシンボルの一つとなった。
雑誌から
雷台の地下から現れた銅馬
武威の雷台にある漢墓から出土した銅馬は、現在、甘粛省博物館に展示されている。台地には後世の雷台観が建ち、考古遺跡と祭祀の記憶が重なっている。
同じ街をめぐる · 武威 ↗躍動する銅馬
台地の下にある墓
雷台は涼州区の高台である。漢墓の上には後世、雷神を祀る雷台観が建てられ、地下の墓葬と地上の宗教建築が重なる場所となった。地方の文化財資料によれば、墓主は確定していない。1969年と1996年の発掘で大きな煉瓦室墓が二基見つかり、銅馬は最初の墓から出土した。墓にはほかにも多くの器物と古銭があり、銅製の車馬行列も墓の副葬品群に含まれる。著名な銅馬は、その墓全体の一品である。
漢代の涼州と銅馬の旅
武威は河西回廊の漢代の要地だった。のちに十六国時代には複数の涼政権が涼州を重要な政治中心とした。雷台の下にある東漢墓は、都市の歴史に加わった後世の層である。墓から出た銅馬は蘭州の甘粛省博物館に移され、現在展示されている。雷台には出土地の記憶が残る。銅馬をたどると、発見された墓と現在の展示場所が一続きの物語になる。
