雑誌から

泰寧の丹霞:赤い崖が寺の居場所をつくる

泰寧の甘露寺は、岩のくぼみの下に木造の建物を収める。地質、貯水池の歴史、今も続く信仰が出会う風景を読む。

同じ街をめぐる · 三明 ↗

削られることで生まれた風景

泰寧の赤い崖は遠目にも印象的だが、岩のくぼみも同じくらい大切な話を伝える。丹霞とは、大陸で堆積した赤色の地層から発達した、一群の地形を指す名だ。隆起、風化、侵食が共に働いて、崖、岩柱、峡谷、空洞をつくり出す。

泰寧では白亜紀の赤色層が、深く曲がりくねった谷や、発達の初期段階にある峰の群れを形づくっている。丹霞地形を「若い」と呼ぶときは、地形の発達段階を指しており、日常的な意味で岩そのものが新しいわけではない。大切な働きは、取り去られることだ。物質が削られ、急な壁面が残り、その中に空間が開く。のちに人間のつくり手は、その空間に建築の可能性を見いだした。

石の庇の下にある木の建物

甘露寺、または甘露岩寺は、大金湖のほとりの岩のくぼみに建っている。目を引く中央の柱と、その上の木造部分を、さらに大きく張り出す岩が覆う。地質によってすでに半ば囲まれていた場所に、建物の形が応じているのだ。

開けた平らな敷地に堂を建てるのとは、別の建築上の課題がある。使える空間は不規則な輪郭を持ち、自然の天井があり、床を置ける範囲も限られる。木材は、それらの条件に合わせて組むことができる。その姿はしばしば、一本の柱に支えられた寺というイメージで語られるが、より深い面白さは、架構と岩の関係にある。つくり手は崖の大きさと競うのではなく、くぼみの中に使える場所を生み出した。

古い岩と、ずっと新しい水面

大金湖は、1980年前後の池潭水力発電開発に伴って生まれた貯水池の景観である。したがって、今、崖の下に見える水面は、周囲の地形に比べてはるかに新しい。長い自然の作用と、近年の谷の変化が、一つの眺めに重なっている。

そのことが風景の魅力を減らすわけではない。むしろ、もう一つの層を加える。赤い崖と緑の水は、時代を超えた一つの構図のように見えても、異なる歴史を記録している。湖は、人々が寺や周囲の地形に出会う方法も変え、船での移動を現在の風景の一部にした。純粋に地質だけの景観に見えるものの中に、インフラと20世紀の事業の影響が含まれている。

木々に覆われた赤い岩壁が、穏やかな緑色の水面のすぐ上にそびえている。
泰寧の大金湖の上にそびえる赤い岩壁。

信仰が、水を渡る理由になる

2024年の水路管理当局の報告には、示唆に富む細部がある。地元の参拝者や寺の関係者が甘露寺と近くの醴泉岩寺へ行けるよう、渡船が設けられたという。観光船だけでは、そうした日常の必要を十分に満たせていなかった。絵になる寺も、眺める以外の目的を持つ人々の行き先なのだと、改めて気づかせる報告である。

泰寧は、2010年に登録された六つの構成資産から成る世界遺産「中国丹霞」の一部を成す。一方、より広い範囲のユネスコ世界ジオパークは別の区域を持ち、ほかの地質的環境も含む。これらの認定は風景の重要さを説明し、寺はそこに身近な尺度を与える。岩がくぼみをつくり、木が人の使える場所にし、水が近づき方を定め、信仰が通い続ける理由を生む。その四つを一緒に見ると、景色はさらに豊かになる。

探索を続ける · 泰寧県 ↗
写真の出典と権利情報
  1. 泰寧の大金湖の上にそびえる赤い岩壁。三明市河长办 / 福建省水利厅 · 権利状況は未確認 元写真の出典 ↗ 元の縦横比を保持し、必要な場合のみ表示用コピーを縮小しています。拡大、トリミング、修整は行っていません。