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素材から学ぶ造船の技

マカオの造船所では木造船が造られていました。多くの道具と素材を見極める熟練の感覚を要する仕事です。

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修復された荔枝碗造船所の開放的な構造と水辺の環境。
修復された荔枝碗造船所の開放的な構造と水辺の環境。

木材、道具、職人の目

マカオの造船所では木造船が造られていました。多くの道具と素材を見極める熟練の感覚を要する仕事です。記録に挙げられた道具には、溝鉋、のみ、測り棒、墨壺の糸などがあります。それぞれ、表面を整える、木材を切る・合わせる、寸法を確かめる、作業の目印となる線を引くという、異なる判断に関わります。

作業を支えたのは技術図面の一式ではなく、船大工の経験でした。親方は木材同士をどう組み合わせ、船体をどのように形づくるかを見極めなければなりません。その知識は作業場での実践、観察、修正を通して受け継がれました。資料は道具の名を記していますが、技を単なるチェックリストに還元してはいません。使い手の判断が仕事の中心にありました。

旧荔枝碗造船所の建物内に残る木造構造。
旧荔枝碗造船所の建物内に残る木造構造。

水辺での造船と修理

荔枝碗の造船所では海岸近くで船を建造し、修理していました。細長く低い作業小屋は水辺に沿って並び、一部の作業場は潮の満ち引きのある水際へ張り出していました。船、資材、屋根のある作業場が互いに手の届く距離にある配置です。閉じた工場の床ではなく、海へのアクセスを中心に据えた作業場の風景でした。

新造船と同じく、船の修理も重要でした。漁業や輸送に使う船は働くための道具であり、維持できることも海事経済の一部でした。荔枝碗では同じ入り江に両方の仕事場がありました。水辺に面した造船所では、建造中の船の近くで親方たちが木材を測り、削り、組み合わせることができました。

修復された荔枝碗造船所の開放的な構造と水辺の環境。
修復された荔枝碗造船所の開放的な構造と水辺の環境。
荔枝碗船廠博物館と造船工会の施設。
荔枝碗船廠博物館と造船工会の施設。

2005年、最後の木造船

荔枝碗で最後の木造船が建造されたのは2005年です。その頃には、入り江を造船の中心にした産業はすでに縮小していました。1980年代に始まった長期の衰退は、漁業の弱まりや近隣で競合する造船所の操業とともに、1990年代に加速しました。生産が終わると、道具や建物はかつての日々の役割を失いました。

現在、技術の記憶は二つの形で残っています。水辺の造船所の建物と、道具や親方の経験を記した説明です。建造中の船の写真は船の大きさを見せられても、作業者の名や一つ一つの判断までは伝えられません。親方は溝鉋、のみ、測り棒、墨壺の糸を使って木材を削り合わせ、豊富な経験をもとに建造や修理の工程を進めました。

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写真の出典と権利情報
  1. LN9267 / CC BY-SA 4.0 · CC BY-SA 4.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  2. 旧荔枝碗造船所の建物内に残る木造構造。Macau government / CC BY-SA 4.0 · CC BY-SA 4.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  3. 修復された荔枝碗造船所の開放的な構造と水辺の環境。LN9267 / CC BY-SA 4.0 · CC BY-SA 4.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  4. 荔枝碗船廠博物館と造船工会の施設。Jacklamf1d14 / CC BY-SA 4.0 · CC BY-SA 4.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗