菽荘花園では、海が近くにあるすべてのものの尺度を変える。岩組みは手の届くほど近くで見られるが、その向こうには囲い込めない水平線がある。この二つの尺度の間を行き来することが、庭を理解する鍵になる。広大な海岸を背景に置かれた、親密な空間の構成なのだ。
廈門市博物館の研究は、林爾嘉が1913年に設けたこの庭を、台湾・板橋にあった一族の庭園と結びつけている。そのつながりは、この場所に人間の移動の地図を与える。庭づくりは、記憶の風景をそのまま複製しなくても、水を越えて運ぶことができた。重要なのは、回想と新しい土地との関係だ。一族の庭園から受け継いだ造形の言葉が、鼓浪嶼の開けた海岸と出会ったのである。
