大潭は一つの貯水池ではなく、数十年かけて整えられた水務施設群だ。上水塘は1888年に完成し、全体の設備は1883~1917年に段階的に建設された。ダム、集水域、関連構造物が一つの給水システムをつくり、山の風景を公共事業の記録にしている。
雑誌から
大潭水務施設と東への都市拡大
大潭の貯水池と関連施設は1883~1917年に段階的に建設され、香港の給水網を拡張した。
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段階的につくられた水系
水と都市の拡大
古物古蹟辦事處は、給水の改善と香港島の市街地が東へ広がったことを結び付けている。人口が増える都市には安定した水源が必要だった。道路、工業、住宅、経済の変化も東部の発展に関わり、給水はその一つの条件となった。
風景に読むインフラ
大潭の石造ダムと水務施設には、都市を支えた工学上の選択が刻まれている。貯水池が水を蓄え、導水設備が住民や事業所へ運ぶ。蛇口をひねると見えなくなる仕組みも、残された施設を歩けば風景の中に見つけられる。
