玉樹南部の聖堂は、文成公主廟のほか「大日如来仏堂」とも呼ばれる。玉樹市の文化観光局によれば、岩壁に沿って建ち、中央に大日如来、その周囲に八体の菩薩を安置する。近くの岩壁にはチベット語と漢語の仏典が刻まれ、建築、彫像、碑文が一つの場所に集まる。
中央の仏像が堂の信仰上の中心である。公式説明は主尊と随侍像、周辺の経文を記録している。
雑誌から
玉樹の貝納溝にある岩壁沿いの仏堂は大日如来を中心に八体の菩薩を配し、地域の伝承は文成公主とも結びつける。

玉樹南部の聖堂は、文成公主廟のほか「大日如来仏堂」とも呼ばれる。玉樹市の文化観光局によれば、岩壁に沿って建ち、中央に大日如来、その周囲に八体の菩薩を安置する。近くの岩壁にはチベット語と漢語の仏典が刻まれ、建築、彫像、碑文が一つの場所に集まる。
中央の仏像が堂の信仰上の中心である。公式説明は主尊と随侍像、周辺の経文を記録している。
玉樹市のページは、この堂を文成公主の7世紀の入蔵行程と結びつけ、公主泉や近くの温泉池にまつわる伝承も紹介する。こうした話は仏堂や仏像とともに、地域で記憶されている。
数キロ離れた勒巴谷には別の摩崖碑文群があり、2024年に研究調査された。二つの場所は玉樹の河谷文化景観に属するが、彫像、碑文、歴史の記録はそれぞれ異なる。