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花山の赤い人物像と銅鼓の世界

曲げた脚、掲げた腕、絵に描かれた鼓の形が、花山の赤い岩絵と古代中国南部の銅鼓文化を結びつける。

同じ街をめぐる · 崇左 ↗
花山の淡く凹凸のある岩面に、赤く描かれた人物像の群れが広がる。
2023年6月10日撮影。崇左市寧明にある花山岩絵を広い範囲で捉えた細部写真。個々の像の解釈や正確な年代は、この写真だけでは確定できない。

崖に描かれた形と意味

脚を曲げ、腕を掲げた赤い人物像が花山の崖に描かれている。その姿勢や大きさ、近くの図像との関係が、儀礼、社会、祖先にかかわる解釈を含む学術的な議論の出発点となっている。

絵には、身体や物の形が繰り返し現れ、大きな岩肌を満たしている。意味について議論は続いているが、構図の中で形同士がどう関わるかが、絵の特徴をつくっている。

繰り返される身体、それぞれ異なる姿

ICOMOSの評価書は、正面向きや横向きの人物像を記録している。脚を曲げ、腕を掲げた姿が多く、かなり幅広い大きさで描かれている。関連する動物や武器は、身分の違いを示す手がかりと解釈されてきた。そうした読み取りは、岩絵全体のパターンやほかの証拠との比較に基づく。

形の反復は視覚上の決まりごとを示唆するが、すべての身ぶりに一つの固定した意味があるとは限らない。集団の中でひときわ目立つ人物もあれば、隣の像と同じ向きをとる人物もいる。小さな印が身体の一部なのか、独立した物なのか判然としないこともある。反復される形の中の違いも、岩絵の視覚言語をなしている。

なぜ鼓が解釈に加わるのか

ユネスコは、これらの図像を古代中国南部の銅鼓文化と関連づけている。鼓と見られる描写は、岩絵をより広い物質文化の世界につなぐ。絵は一般に駱越の人々に結びつけられ、紀元前5世紀から紀元後2世紀ごろのものと幅を持って推定されている。

発掘された銅鼓は、素材や製作方法、形を調べることができる。描かれた鼓は構図の中にも位置を占める。そばにいる人物、見かけの大きさ、周囲の物が、その図像の役割を左右する。そのため、博物館で銅鼓を見ることは花山を理解する背景を豊かにするが、形が似ているだけで崖に描かれた円形の図すべてを鼓と特定できるわけではない。

同心円状の装飾を持つ大きな銅鼓が、博物館のケースに展示されている。
比較用の写真。南寧の広西博物館にある前漢時代の銅鼓を2011年3月17日に撮影。品の特定は撮影者の記録に従う。広西民族博物館の収蔵品でも、花山の出土品でもない。

岩に定着する赤い顔料

科学研究では、顕微鏡や分光法を用いて花山の顔料や接着媒質が調べられてきた。スミソニアン博物館保存研究所の目録に掲載された研究は、有機物の接着材料を分析し、植物由来の成分を候補として示した。

その分析は、鮮やかな赤い表面を、岩に定着する絵の具を準備する実際の作業と結びつける。顔料、接着剤、岩がつくる物質的な関係もまた、絵の長い歴史の中で残されてきたものだ。

反復する形、ひらかれた意味

掲げた腕、曲げた脚、繰り返す集団の配置、そばに描かれた物が、岩絵の印象的な視覚言語をつくる。研究者は、図像やほかの証拠との比較から、儀礼、社会、祖先にかかわる意味を提案してきた。姿勢と素材は細かく記述できるが、特定の人物像が描かれた場面や意味については、今後の研究に開かれている。

花山の高い崖が緑の川の上に立ち、岸近くに小さな筏がある。
崇左市寧明の花山の崖と、その川の環境。出典に記載された撮影日:2023-06-10。
探索を続ける · 寧明花山岩絵 ↗
写真の出典と権利情報
  1. xiquinhosilva · CC BY 2.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  2. 比較用の写真。南寧の広西博物館にある前漢時代の銅鼓を2011年3月17日に撮影。品の特定は撮影者の記録に従う。広西民族博物館の収蔵品でも、花山の出土品でもない。Gary Todd · CC0 1.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  3. 崇左市寧明の花山の崖と、その川の環境。出典に記載された撮影日:2023-06-10。xiquinhosilva · CC BY 2.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗