八角形の殿堂、謁見の建物より高い場所にある居住区、外観は二層ながら内部に三層を収める書庫。瀋陽故宮は、ひとつの建築の型を繰り返す場所ではない。東部、中部、西部の建築群は、異なる時代に異なる目的でつくられた。その違いも物語の一部である。
清帝国の基礎となる国家を築いた女真の指導者ヌルハチは、1620年代に宮殿の初期段階の建設を始めた。後継者ホンタイジが、さらに宮廷を整えた。清の政府が1644年に北京へ移った後も、歴代皇帝はこの祖先ゆかりの宮殿を使い、拡張し続けた。ユネスコは、建築群の建設を1625~1626年から1783年までの長い期間に位置づける。そこにあるのは、ひとつの時点で実行された単一の計画ではなく、変わる志向の記録だ。

