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モンテの砦――学院跡に隣接する丘上の要塞

イエズス会の協力を得て1617~1626年に築かれたモンテの砦は、1622年にマカオを防衛しました。現在はマカオ博物館も置かれています。

モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。
モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。

都市防衛のための要塞

モンテの砦は1617年から1626年にかけて、イエズス会の協力のもとで築かれました。大砲、兵舎、井戸、武器庫を備え、都市の主要な軍事防衛施設となりました。包囲に耐えられるよう設計され、最大2年分の物資が蓄えられたと記録されています。

丘上の砦は、聖ポール学院と教会の遺構に隣接しています。近隣にある二つの場所は、単一の目的を持つ一つの施設ではありません。一方は軍事拠点、もう一方は宗教・教育複合施設でした。斜面は両者の近さを見せながら、それぞれの歴史を分けています。

モンテの砦の開けた上部台地。
モンテの砦の開けた上部台地。
モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。
モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。
モンテの砦にある小さな見張り台。
モンテの砦にある小さな見張り台。
砦の壁の開口部から見た街。
砦の壁の開口部から見た街。
モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。
モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。

都市の物語を形づくった防衛

1622年、オランダ軍による侵攻の試みからマカオを守るうえで、砦は重要な役割を果たしました。この出来事は、ここが景観を楽しむだけの場所ではなく、実際に機能した要塞だったことを示します。文化遺産の記録にある大砲や備蓄品は、危機の時に丘が重要だった理由を伝えます。

軍事施設から歴史を伝える公共の場へ

1998年、モンテの砦にマカオ博物館が開館しました。設計は旧兵舎の位置、容積、形を踏まえ、砦の台地上に地上三層と地下二層を設けています。軍事建築の記憶を残しながら、丘に新たな公共の役割を与えています。

城壁からは眼下に街が広がりますが、博物館は眺望からマカオの歴史と文化へ視線を転じるよう促します。砦と博物館は意味を奪い合うものではありません。前者は残る防衛の舞台、後者はかつての兵舎を意識した設計に収まる現代の施設です。

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写真の出典と権利情報
  1. Paolobon140 / CC BY-SA 4.0 · CC BY-SA 4.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  2. モンテの砦の開けた上部台地。Dinkun Chen / CC BY-SA 4.0 · CC BY-SA 4.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  3. モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。Jorge Láscar from Australia / CC BY 2.0 · CC BY 2.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  4. モンテの砦にある小さな見張り台。yeowatzup / CC BY 2.0 · CC BY 2.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  5. 砦の壁の開口部から見た街。yeowatzup / CC BY 2.0 · CC BY 2.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗
  6. モンテの砦の台地に並ぶ大砲と防御壁。yeowatzup / CC BY 2.0 · CC BY 2.0 元写真の出典 ↗ 権利情報 ↗