南開大学は1904年に教育者の厳修と張伯苓が開いた私立の南開学校から育ち、1919年に文科、理科、商科の三部を持つ大学として設立された。1937年7月29日、日本軍の航空機が天津と南開のキャンパスを爆撃し、秀山堂と芝琴楼を破壊した。翌日、軍はキャンパスと木斎図書館を略奪して焼いた。戦前は三つの学院と十二の学科を持ちながら、学生は429人、教職員は110人に過ぎず、厳しい授業で知られた小さな学校だった。卒業生と教員に周恩来、ノーベル賞の楊振寧と李政道がいる。
1919年に大学となった私立の学校と、1937年7月30日に焼かれたキャンパス。