2009年の記録は、熱貢の六月祭を旧暦六月に位置づける。隆務河沿いでは作物が実りに近づき、牧草も青々とする季節だ。ある行程は月の十七日に四合吉村の祠から始まり、その後、チベット族と土族の数十の村を巡ったという。各村には地域の守護神を祀る祠があり、祭りは一つの舞台ではなく、複数の場所から成っていた。
雑誌から
四合吉の祠から24村の祭りへ
2009年の記録は四合吉の村祠から始まる旧暦六月の熱貢祭を伝え、別の2017年報道は24村が参加した祭りを記録する。

四合吉から始まる六月祭
村の祭礼から広域の祝祭へ
同じ記録によると、村ごとの祭礼は二日から五日続くことがあった。別の2017年報道は、六月祭が24村に広がった開催を伝える。二つの年代の記録は異なる規模を示す。祠から祠へ進む行程と、複数の共同体が参加する広域の祭りだ。隆務河谷が両者に共通する地理を与えつつ、各村はそれぞれの祭礼の場として残る。