1995年5月、原子城は任務を終え、海北州の地方政府へ一括移管された。国務院は5月15日に西海鎮への改称を承認した。旧研究施設は新しい行政上の役割を担い、西海は自治州の州都となった。基地は1958年に金銀灘草原に建設され、研究・生産施設が現在の町に固有の空間を残している。移管は、誰がこの場所を管理し、建物が何を意味するかが変わる節目だった。
雑誌から
研究基地から自治州の州都へ
1995年、西海の旧核研究基地は地方政府へ移管された。研究施設や集会施設、指揮施設は、海晏県にある新しい町の生活へと引き継がれた。

1995年の移管
二つの顔を持つ町
国家発展改革委員会の2021年事例紹介は、旧基地にある記念館、爆轟実験場の展示施設、第二工場展示室、地下指揮センター展示室、最初の原子爆弾を輸送車両に積み込んだ駅を挙げる。報告は旧科学技術館、図書館、映画館など代表的な11棟と修繕も記録している。西海の現在の姿は、州都と保存された研究施設の両方から成る。建物が、かつての仕事とその後に生まれた市民の町をつないでいる。
